
この記事を書いた人
ひらい めぐみ
熱海をあるく。
熱海の地名を聞くことはこれまでに何度もあったはずなのに、そういえば仕事で行くまで、訪れたことがありませんでした。
「海」「温泉」というキーワードが紐づく観光地であることは知っていたので、どうやらあちこちに大小の水たまりがある土地のようだなというイメージだけかろうじて持っていました。
実際に訪れてびっくりしたのが、海と張り合うくらいの山の存在感です。
例えるならば、海と山はハンバーガーの上下のバンズで、熱海のまちはその間にはさまれるハンバーグやトマトといった具材。ハンバーガーのメイン部分をつかさどるのは「まち」部分だけど、熱海のまちの輪郭をつくるのが周辺の自然なのです。
海と山の存在の大きさは新幹線の車窓からも伝わってくるのですが、歩くことで熱海の地形や周辺環境の特徴をより感じることができます。とにかく坂、坂、坂!
山腹から海岸にかけて階段状に広がるまちなので、行く先々はたいてい坂の上にあります。
アップダウンの大きい道を走るバスは、まるで公道を走るジェットコースターのよう。ここまでひとつのまちで高低差を感じるのは初めてでした。
取材では、今住んでいる方のお部屋へお邪魔するときもあれば、お店、施設へ行くこともあります。そこへ向かうときは、やはりズンズンと坂道をのぼります。
大変です。
ようやく目的地の物件まで辿り着き、玄関の扉を開け、リビングまで行くと、海、海、海! 坂の上にあるからこそ、この絶景が見られるんだ。何軒かのリゾートマンションを訪れ、山腹の上へ上へとあがっても家がたくさん建ち並んでいるのか、ようやく理解することができました。
場所はそれぞれ違えど、お部屋の窓から見える海はとても神秘的です。お部屋が海に浮かんでいるようにも見えるし、窓の外だけに海が存在しているようにも見える。
熱海のまちにも、この建物にも時代による変化はあるはずだけど、この窓の外の景色だけはずっと変わらない。見るたびに、すごいことだ、と新鮮に感動してしまいます。
▲過去にご取材したごるりさんのお部屋と、HOTEL 2YL ATAMIさんの客室。
先日、取材先へ向かおうとタクシーに乗り込むと、運転手さんは会話の中で「住むには少し不便なまちなんですよねえ」と話していました。
たしかに、入り組んでいる道が多く、住み慣れない人にとっては迷路みたいです。基本的にどの道にも高低差があるので、バイクか車を持っていた方が安心。
きっと、住むまちに利便性を求める人にとっては、不便に感じる部分もあるのかもしれません。ただ、最近は若い移住者の方も増えているようです。実際に取材でお話をうかがった方は、そういった部分も含めてたのしんでいる様子でした。
取材が終わり、少し散歩をして、駅まで戻ります。この道も、やはり上り坂。ちょっと休憩、と足を止めると、道路の向こう側で歩いている人もよいしょ、よいしょと同じように坂をのぼっています。
傾斜のある道や、そこで会話をする人、立ち並ぶお店。
よそいきではない、普段の顔をした営み。
その光景をあらためて見たとき、「なんてことない日常風景」の美しさに胸を打たれました。きっと、このまちを大事に思う人々の暮らしが積み重ねてきた輝きによってつくられたものなのだろうな、と思います。
将来、どれほど世の中が利便性を追求する方向へ進んでも、熱海には便利さだけでは埋められない余白が残り続ける。
もしかしたらそのことが、今も昔もたくさんの人々を惹きつけているのかもしれない。そんなことを考えながら、にぎやかな熱海駅をあとにして、東京へと戻りました。
作家・ライター。東京在住。7歳の頃からたまごの上についている賞味期限のシールを集めています。2023年5月に私家版『踊るように寝て、食べるように眠る』を刊行、今冬に百万年書房より『転職ばっかりうまくなる(仮)』が出版予定。