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DATE2023.08.02

この記事を書いた人

ひらい めぐみ

vol.2 「まちごと居住」を実現するため、マチモリ不動産を立ち上げた三好さん|マチモリ不動産をつくる

 

マチモリ不動産には、実際に熱海に暮らしているひと、他の地域で暮らしながら熱海に関わっているひとがいます。この連載では、マチモリ不動産にかかわっている「ひと」にフォーカス。

 

第二回は、マチモリ不動産の創業者である代表の三好明さんにお話を聞きました。

 

 

アイデアに背中を押され、会社を創業することに

 

 

――会社を創業するまでは、ビルの管理会社で働いていたんですよね。そこからどのようにしてマチモリ不動産をつくったのでしょうか。

 

 

三好さん:正直に言うと、起業するつもりなんて全然なかったんです(笑)。ただ、30歳を迎えたときに、新卒から働いている会社にずっといて、やりたいことをやっているわけでもない状況に、漠然とした不安を感じるようになって。そこでふと、大学一年の頃に「NPO法人ETIC.」(*)を通じてインターンしていたことを思い出し、これからのことを相談しに行ってみることにしました。

 

そしたら、株式会社machimoriの市来さんがリノベーションまちづくりをやり始めたタイミングで。不動産のプロを探しているとのことで、ETIC. 経由で市来さんを紹介してもらい、最初は複業としてmachimoriにかかわりはじめました。

 

 

*実践型インターンシップや起業支援プログラムを手がけるNPO法人。

 

 

 

 

 

――まずはmachimoriの中の人として熱海にかかわっていたのですね。そのときはどんなことをしていたのでしょうか。

 

 

三好さん:主に公共施設の管理をやっていました。たとえばテニスコートや市民ホールがあまり使われていなかったら、稼働率を上げるにはどうしたらいいか考えたり、老朽化が進んでいる場所に対してはどうやって修繕していったらいいかを担当者と話したりする仕事ですね。

 

マンションの管理業務では通常、老朽化を防止するために将来予想される修繕工事などを計画する「長期修繕計画」を立てるのですが、このことを市に提案したところ、急に副市長に呼ばれたんです。何事かと思ったら「公共施設の管理の仕方を相談に乗ってほしい」と。

 

 

 

 

モクチン企画主催「不動産管理の実務」に焦点を当てたセミナーにて、登壇の様子。

 

 

 

――公共施設の管理方法にはない考え方だったんですね。

 

 

三好さん:そうそう。そこからだんだんと、自分の提案したことが市の政策に反映されていくようになっていって。今までは「建物管理」という仕事にストレスを感じていたんですが「どうやらここでは仕事でやっていることが役に立つらしいぞ」と可能性があることに気づきはじめました。

 

 

――では、そこから会社を……?

 

 

三好さん:いや、起業するのはもっと後で、その6、7年後かな。複業をやることで、むしろ本業の仕事にもおもしろさを感じるようになって、働いていた会社を辞めようなんて考えてなかった。machimoriと熱海市が一緒にやっていた、99℃〜Startup Programfor ATAMI2030〜という起業家支援プロジェクトがあり、自分もおまけみたいな感じで参加したんですよね。

 

 

いち新規事業者として参加していたものの、それはmachimoriの中でやることのつもりで。そしたら当時のメンターに「自分のお金だったら、いくらならやれるの?」と。それで、自分の出せる金額からプランを練り直したら「なんでできるのに、自分でやらないの?」と言われて。

 

そこから「たしかに自分でできるな」と思い、machimoriの社内プロジェクトではなく、グループ会社として新たに会社をつくることにしました。

 

 

 

留学先で感じた “逆” カルチャーショック

 

 

――起業することに対して手応えを感じたのは、どのタイミングだったのでしょうか。

 

 

三好さん:「まちごと居住」のアイデアが浮かんだときですね。それが実現できるなら、人生かけてやりたいなと思ったんです。

 

 

 

 

――まちごと居住……?

 

 

三好さん:一言で言うと、熱海という街をひとつの「大きな家」と見立て、 まちなかを楽しみ、暮らすことですね。自分の部屋以外に、リビングやダイニング、お風呂、ワークスペースといった共用部分が、まちなかにいくつもあるようなイメージです。

 

 

――「住む」の概念を、家の中に止まらず、まちまで拡張していく発想のことなのですね。「まちごと居住」のアイデアはどのような背景で生まれたのでしょうか。

 

 

 

 

三好さん:高校生のときカリフォルニアへ留学へ行ったんですが、そこで “逆” カルチャーショックを受けたんです。ホームステイ先の家はリビングやキッチンに開放感があり、広々とした庭までついていた。特別裕福な家庭ではなくても、豊かな住環境が整っていました。そこから一年後に日本へ戻ってきたら、家の狭さにびっくりして。

 

うちの親は大企業に勤めていて、比較的所得も高い家庭だったはずなんだけど、それぞれの部屋は狭いし、家のすぐそばには線路があって電車が通るたび家の中が揺れるし、騒がしいし。その気づきから、帰国してからは「住宅コンプレックス」を抱くようになり、なるべく家で過ごす時間を短くするようにしていました。

 

 

 

 

▲コワーキングスペース&シェアオフィスnaedoco(上)と、ゲストハウスMARUYA(下)。

 

 

三好さん:熱海に来てみて感じたのが、コンパクトなまちである分、ちょっと歩いただけでnaedocoのような広いシェアオフィスや、リビングのようにくつろげるゲストハウスMARUYAが近い距離にあるんですよね。もしもまち全体を「家」として使えたら、カリフォルニアの住環境を超えた、豊かな暮らしができるんじゃないか。

 

ふと、そう気づいたんです。そこで、この「まちごと居住」を実現させるために会社を立ち上げる決心をしました。

 

 

――「住宅コンプレックス」を抱いていた、ということは裏を返せばそれだけ住宅に興味があった、ということですよね。

 

 

三好さん:そうですね。当時はまだ言語化できていなかったけれど、就活のときには無意識に住環境をより良くする仕事を選んでいたなと思います。

 

 

――三好さんと言えば、「トタンマニア」だということを風の噂で聞いたのですが……(笑)。

 

 

 

 
 
 
 
 
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▲ロマンス座の屋上から見たトタンの屋根。グラデーションの美しさ、いろんな色味を一度に見ることができるのが素晴らしい。どんな歴史を積み重ねてきたんだろう…、雨の日はどんな音がするんだろう…と、いろいろ想像して眺めているとあっという間に時間がなくなります。(by三好)

 

 

三好さん:ああ! トタンね(笑)。熱海に来てから、空き家を見ているだけで想像が止めどなく溢れてくるなと思い、写真を撮っていたんですよ。で、あるときカメラロールを見返してみたら、空き家の中でもやたらとトタンの写真が多くて、「あれ、俺トタン好きなのかも」と気づいたんですよね(笑)。

 

熱海に来たばかりの頃は「理由のない好きなもの」を大事にしたいと思っていた時期だったので、そういう好きなことに時間を使おうと考えていて、トタンを探しに行く旅もしたな。だから実のところ、熱海へ足を運ぶようになった最初のきっかけは、トタンや空き家があちこちにあって興味を惹かれるから、という理由からでした。

 

 

 

街の人との関係の築き方

 

 

――「まちごと移住」を実現させる上でも、不動産業を営む上でも、まちの人とのかかわりは重要かと思うのですが、三好さんはどのようにしてまちの人との関係を築いていったのでしょうか。

 

 

三好さん:そうだな、小さい約束を守るようにしてるかもしれない。仕事じゃない部分で、頼まれたことをちゃんとやる。都市・建築再生プロデューサーである清水義次さんが「まちに入る三原則は、『挨拶』『祭りの下働き』『掃除』だ」という名言を残していて。

 

まさにこの取材の前も、祭りの下準備である溝掃除をしてきたところなんだけど、仕事としてまちへ入っていくというよりも、ひとりの人間として、「三好明」として信頼関係を築いていくことが大事なんじゃないかと思っていますね。

 

 

 

 

 

 

――お祭りの当日だけじゃなく、準備にも参加することが大事なんですね。

 

 

三好さん:そう、「神輿を担ぐこと」じゃないんだよね。事前準備と片付けみたいな、力仕事や大変なことをどこまでちゃんとできるか。

 

 

――さっきもすれ違うまちの人と自然に挨拶されていましたが、三好さんはもともと人と距離を縮めたりコミュニケーションをとったりするのは得意だったんですか?

 

 

 

 

三好さん:いや、全然。親からものすごくびっくりされるくらい(笑)。だから得意ではなかったんだけど、熱海では東京にいた頃に接する機会がないような人たちとかかわることがたくさんあるんです。これまでだったら出会わない、かかわる機会がない人たちと接すると、純粋に好奇心が湧いてくるんですよね。また、住人の人たちとコミュニケーションをとることで、「いろんな人たちがこのまちで生活しているんだよな」とまちの解像度も高くなりました。

 

 

 

会社の中の「人」を大切にする理由

 

 

――マチモリ不動産の創業当初は三好さん一人だったそうですが、メンバーを採用しようと思ったのはどのタイミングだったのでしょうか。

 

 

三好さん:最初は一人でできる範囲でやろうと考えていたんですが、いざやってみたらできないことが多すぎることに気づいて。自分自身が複業で熱海にかかわり始めたこともあり、まずは複業スタッフを採用することにしました。そしたら、新しく入ってくれることになったメンバーの一人が「いつかマチモリ不動産で正社員として働きたい」と言ってくれたんですよ。

 

その言葉を聞いたとき、もう涙が出るほど嬉しくて。これまでは、会社を経営することが怖くて仕方がなかった。でも、彼女に「社員として働きたい」と言ってもらって、ようやく覚悟が決まりました。

 

社員が安定的に働けるようにするために、いくら利益を出せたらいいのか計算しはじめたのもそのタイミングでしたね。

 

 

 

 

 

――会社を経営する前提にメンバーの存在があるんですね。

 

 

三好さん:そう。一人じゃできないから。なかには一人で全部をやれちゃうスーパーマンみたいな人もいて、尊敬している方がいるんだけど、設計事務所と工務店と不動産屋を全部一人でやっていて、移住者を150人くらい連れてきちゃうようなパワーがある人なの。

 

そういう人と比べたら、自分にはできないなと。でも、それぞれのプロフェッショナルが集まったチームなら、それを実現できるんじゃないかと気づいたんですよね。

 

 

 

▲土曜夜市をたのしむ、マチモリ不動産の設計・仲介・広報メンバーたち。

 

 

――チームだからこそできることもありますよね。メンバーの人たちとはどのようにかかわっていますか?

 

 

三好さん:まず、「俺についてこい!」みたいなのはないですね。みんなに俺がついていきます、って感じ(笑)。働くメンバーが自分のライフスタイルを実現するためにできることをやってもらいたいと思っているし、「苦手なことは一切やらなくていいよ」って言ってます。それをできる人を探すのが、自分の役目だから。大企業で働いていた頃、組織の成長に人が合わせていくことに強い違和感を抱いていたことも影響しているかもしれません。

 

 

 

熱海の課題に追いつけるよう、会社として成長していく

 

 

――創業して5年目になりますが、今後マチモリ不動産ではどのようなことをやっていきたいですか?

 

 

三好さん:これはmachimoriに複業でかかわっていた頃から感じていることなのですが、会社の成長速度よりも、熱海の課題の方が、進むスピードが速いんです。課題を具体的に言うと、熱海は今後「コンパクトシティ」を作ることになると考えていて。つまり、人口が減ったり、建物が古くなったりしていって、水道管を引っ張ったり、ゴミ収集車が回る地域が狭まっていく可能性がある。

 

すると、将来的にはある特定のエリアに住んでもらうことが必要になっていく。そうなったときに民間企業としてできることはなにかというと、ビルを再生したり、空き家を再生したりすることで、商売する人、生活する人が実現したいライフスタイルを作っていくお手伝いをすることなんじゃないかなと。

 

課題の解決に合わせようとすると、その規模が今よりも桁違いに大きくなっていかざるを得ないのだけど、大きな会社になってもそういうことがやり続けられるように、会社も成長させていくことが必要だなと考えています。

 

 

 

 

 

三好さん:また、同時にto Cだけじゃなく、パブリックに対して発信をしていくことも実践していきたいですね。例えば学術的に、研究者と一緒に発信していくとか。

 

事業として行う古材活用や廃材処理についてはSDGsやESGといった観点でも重要なことなので、他のまちへの汎用性を提示できたり、日本の中の先端事例として発信することは今後求められる部分でもあるだろうなと思います。

 

 

 

 

 

▲マチモリ不動産が手がけた物件のbefore(上)とafter(下)。

 

 

 

――これから会社も熱海もどんどん変化していくと思いますが、その中で変わらず会社として大事にしておきたいことはありますか?

 

 

三好さん:不動産屋としての自分のルールなんですが、物件を募集したときに、自分の中で「この人に入ってもらいたい」っていう理由が説明できる人だけに入ってもらうと決めています。例えば家賃10万円の物件があったときに、「20万円払うから」という人が仮に現れたとしても、この人が入ってくれることで、どんな可能性が地域に対して生まれるのかを自分の言葉で説明できないといけないな、と。

 

「不動産を通じて地域の可能性を広げること」が、まちの不動産の役割だと思っているので、会社の規模が変わってもその軸だけは持ち続けていくつもりです。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

起業することへの怖さを抱きながら、スタッフを採用することで事業を推し進めていく覚悟が決まったと話す三好さん。

 

10年、20年先の会社の未来を語る三好さんの言葉に力強さを感じたのは、頼もしいメンバーの支えがあってこそなのだろうなと感じました。