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メアリー
通じ合う場、としての銭湯 渚ゆ。「哲学対話」イベントレポート
熱海の街と海の繋ぎ目、渚町。下町らしい趣きを残しつつ、再開発の波を受け、その姿を徐々に変えようとしているエリアでもあります。
細い路地のひとつに佇むのは、2025年5月から営業を始めた銭湯「渚ゆ」。11月16日にこちらで開催されたイベント『哲学対話』の様子をお届けします。
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「渚ゆ」とは?
元々飲食店だった築60年の空き家をリノベーションした銭湯。現在は会員制で運営されており、非会員については、熱海在住・在勤もしくは、guesthouse MARUYA、ロマンス座カド、Kitenに宿泊された方の利用が可能となっています。
こちらの物件ツアーのレポートにも登場しています▼
EVENT REPORT|銀座商店街・渚町物件ツアー and 熱海のまち歩き
面白いのは、お湯を抜いた状態でイベントスペースとしても活用されているという点です。これまでに絵画のワークショップ、写真の個展などが開催されてきましたがこの度、熱海で初開催となる『哲学対話』。
哲学対話とは、普段なら立ち止まらずに通り過ぎてしまう疑問や、答えのない問いをじっくり考える時間。
・どうしてお腹が減るの?
・本って読んだほうがいいの?
・成功は幸せ?
・秋になると寂しい気持ちになるのはなぜ?
など、日々私たちの頭をよぎる、何気ない問いかけ。そんな問いを持ち寄り、考えを深めてみようという活動です。問いに対する答えを目指すものではなく、考え、話し、互いに聞くことこそが哲学対話の目的。
哲学対話をしよう ~手を止めて、余白をつくって問い直す~(厚生労働省)
今回、渚ゆで開催された哲学対話のファシリテーターは、慶應義塾大学でパブリックリレーションズ戦略の講義を担当されている、南雲朋美さん。大学の講義後には毎回、お茶を飲みながら学生さんと議論の時間を取られているそうです。学生さんたちとの対話を通して、考えること、分かち合うことで自分自身を発見できると気付いた南雲さん。これまで、神奈川県の大磯など、さまざまな場所で哲学対話を開催されています。
会話がなくても通じ合う場所、対話の中で通じ合う体験
元々は2階建てだった、渚ゆの建物。銭湯を作るにあたって天井を取り払い、吹き抜けの空間に生まれ変わりました。男湯、女湯ともにコンパクトな作りですが、この高い天井の効果で実際の広さ以上に、開放的に感じます。
洗い場のカランの上、壁にふと目を向ければ、ジグザグの溝。かつて存在した、2階へ上がる階段の跡です。使いやすく、新しくするだけではなく、あえて建物の歴史も残すというところに、リノベーションの真髄を感じます。
まずは参加者各自の自己紹介。熱海在住、熱海に旅行でよく来ている、他の地域で哲学対話を主催している…ほとんどの方が今回お互いに初めまして、というメンバーです。
この場では本名ではなく、ニックネームで呼び合います。それだけで何だか、いつもの自分の姿から離れて、より自由な気持ちで発言できるかも、そんな感覚が生まれます。
哲学対話は自由な発言の場ですが、いくつかの約束ごとがあります。
ひとつは、自分が話したくなったら、湯船の中央に置かれたカエルのぬいぐるみを手に取ること。カエルを持っている間は、その人の時間。話し終えるまで、他の人は意見があっても割って入ることなく、じっと聞いているのがルールです。
急かされず、ゆっくりと考えて話すこと、人の話を落ち着いて聞くこと。社会や学校の中で慌ただしい生活を送る私たちが、疎かにしてしまいがちなこと。
そして、偉い人が言っていたこと、本やテレビで得た知識や情報、それらを引用するのではなく、自分の言葉で話してみること。さらには、「人それぞれだよね」で終わらせないということ。人それぞれは当たり前、だから集まって話そうよ、という前提なのです。
最初は、各々の頭の中にある「問い」を共有することから始まります。私も、日頃自分が気になっていること、他の人の意見を聞いてみたいと思っていたことをいくつか挙げてみました。時間に限りがあるのでその中から、今回のテーマを多数決で選びます。
テーマは「フランス人がかっこいいのはなぜ?」に決定!
最近フランスに滞在した南雲さんの経験から生まれた問いかけで、「フランス人はなぜ魅力的に見えるのだろうか」という話題をきっかけに、日本文化との対比へと話が広がっていきます。
フランスでは自己主張しないと生きていけないから個が確立していて、そんなふうに自信のある「生き方」がかっこよく見えるのかもしれない。フランス人は姿勢が良いけれど、日本人は背中の丸い人が目立つ、「見た目」の美しさもあるのではないか。でも、日本にはそもそも歌舞伎、武道、坐禅など、姿勢が良いことを美しいとする文化があったはず…。
フランスでの生活経験がある方のリアルな印象、フランス以外の欧米の人との比較、明治維新や戦後の欧米化が日本に与えた影響。参加者は他の人の発言を受けとめながら、次々とテーマの枝を広げたり、繋げたりしていきます。
発言をする人のバックボーンや関心のある領域によって、全く違う角度からの意見が出てくる面白さ。対話が進むにつれて、このテーマのみならず、参加者の皆さんの人柄にもますます興味が出てくるのでした。
ノンストップで会話が膨らみ、2時間があっという間に過ぎてしまいました。まだまだ話し足りない私たち。
銀座商店街のカフェバーMARUYA Terraceに場所を移し、先ほどの続きから、他に挙がっていたテーマから、尽きることのない対話で夜は更けていきます。
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初めての『哲学対話』、哲学に造詣が深いわけでもないし、一体なにを話せば良いのだろう?と身構えていた私。しかし始まってみると緊張の糸は解け、話を聞きながら、自分で考えを言葉にしながら、頭と心が刺激され、ほぐれていくような、ある種デトックスのような心地良さすら感じました。暮らしの中で、知らず知らずのうちに凝り固まってしまう心を、対話を通して少しずつゆるめていく。それは、体をほぐす温泉の時間にもどこか似ている。
「観光で訪れる人だけでなく働く人も暮らす人も、お湯につかれば、固い表情もいつしかほぐれ、会話がなくて通じ合うほのかな感覚」、温泉の効果について、南雲さんはこのように表現されています。温泉とは、銭湯とは、人々が通じ合う場。だからこそ、人と人との対話もまた豊かにしてくれる、そんな空気が満ちているのかもしれません。
『哲学対話』はいろいろな場所で、定期的に開催されているようです。私もまた近々、どこかで参加してみたいと思います。
そしてイベントのない日には、もちろん銭湯として利用できる、渚ゆ。熱海に住んでいる方、熱海で働いている方は非会員でも利用できますので、ぜひ一度、気軽にふらりと訪れてみてはいかがでしょうか。
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「渚ゆ」
営業時間:15:00-21:00 (火曜定休)
住所:静岡県熱海市渚町16-7









