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メアリー
アートで混ざり合う熱海の街。『ATAMI ART GRANT 2025』レポート
温泉観光地である熱海は、近年、アーティストやアートに関心のある人々の集まる街としても注目されています。
2010年に始まり、毎年秋の恒例となっている『ATAMI ART EXPO』。今年の11月には妓楼建築 旧つたやを会場としてGLOUND ATAMIが開催されました。
そして、今年で5回目を迎えたのがATAMI ART GRANT。
毎年、展示場所を変えつつ、熱海のまちを舞台に、国内外から集った様々な世代のアーティストの作品が点在するように展開されるイベントです。
私は当初、アートを自分とは遠い世界の存在だと感じていました。美術館やギャラリーは、なんだか敷居が高く感じる。現代美術なんて特に、難解に違いない…。その程度の認識でした。
しかし、熱海で暮らしていると街なかで、さまざまなアートイベントが開かれている。自分の住んでいる近くで展示をしているなら、見に行ってみようかな。そうして気軽にイベントへ参加するうちに、この季節が毎年の楽しみになってきたのです。
11月1日から30日まで、1か月にわたって開催されたATAMI ART GRANT 2025。今回の記事では、芸術鑑賞は全くの初心者である私が熱海の街を歩き、巡り、アートに触れた驚き、ワクワクを写真と共にお伝えできればと思っています。
「観光」と混ざり合う【街なかエリア】
まずは会場マップをゲットするべく、インフォメーションブースを訪れます。サンビーチのどまんなかにデデンと埋まった、四角い箱。目を留めずにはいられないこちらが、今回のインフォメーションブースなのです。
白い砂、青い海と空、そして黒い「土産屋」。突如として現れた異物のようでいて、熱海らしい景色に不思議と馴染んでも見えます。イベントのグッズや熱海市内のお店によるコラボ商品などもこちらで販売されていました。
マップを受け取り、まずは海の近く、街なかエリアからいざ、散策を開始。
今回のART GRANTではロゴの描かれたズタ袋が会場の目印です。
銀座商店街、ゲストハウスのビルの2階には、写真の展示。
観光客で賑わう商店街にありながら、一歩足を踏み入れるとここは静かな空間。熱海という街に存在する奥行きも味わいつつ、鑑賞を進めていきます。
続いては浜町通りへ。今はフレンチ居酒屋「marunowa」が入るこの建物はかつて、地元に長く愛された喫茶店でした。
「marunowa」の入口の裏手に現れたのは、小さなゲームセンター。写真右側のバスケットボールのゲームは実際に遊ぶこともできました。
キャプションを読むと、ここは元々ホームランという遊技場だったのだとか。アーティストの個性と結びつきながら、建物の歴史が、今を生きる我々の前に蘇ります。
ファッションブランドEatableのショップ「EOMO store」ではATAMI ART EXPOの一環として作品が展示されていると聞き、立ち寄ってみました。
『ある日の卓上』と題された展示は、服や革製品をつくる過程で出る端材からインスピレーションを受けて制作されたそうです。
豚の革から、切り取られた7対の乳首。隣には、アーティストさんが実際に病院で処方された薬をレジンで固めたボウル。
突飛に見える組み合わせですが、これらは私たちが肌で触れるもの、口に入れるもの。「衣」と「食」の繋がりを軸に「Eatable(食べられる)」をブランド名とする、この場所のコンセプトを踏まえた展示です。
「滞在」と混じり合う【リゾーピア熱海】
街なかエリアの次は、サンビーチからもほど近い海辺に建つホテル「リゾーピア熱海」を訪れました。
初島を目の前に望む屋上階。ベンチにはアーティストの作品がプリントされていました。
各階に点在する展示場所を順に巡っていきます。ART GRANT開催中もホテルは通常営業。宿泊客の方やホテルのスタッフとすれ違いながら建物内を歩くのは、少しドキドキしますね。
作品はベッドスローにさりげなく、あるいは空間全体に大胆に。
館内のバーやカラオケボックスも展示場所として使われていました。熱海在住だと、かえって立ち入ることがない市内のホテル。こうして中を見学できるのは貴重な機会です。
「住まい」と混ざり合う【野中山マンション】
咲見町の古着屋兼カフェ「静電気」でも絵画作品、立体作品が展示されていました。
私が訪れたのは、月に1回の静電気フリーマーケット開催日。熱海市内外から集まった古着や雑貨を眺めつつ、あったかおでんでほっと一息。
今回のART GRANTのメイン会場「野中山マンション」は、文化人や映画関係者たちも住んだという、築60年のリゾートマンション。高台に建っているので、徒歩で向かうにはややハードな道のりです。
おでんを食べながら、隣になった地元の方とお話ししていると、ちょうどこの後野中山マンションの展示を見に行くつもりだったとのこと。なんと車に同乗させていただきました。こうした縁も、イベントの醍醐味かもしれません。
たくさん住民の方も暮らしておられるマンションの中、いくつかの部屋が展示会場として使われていました。「どこまでがアートで、どこまでが元の部屋なんだろう?」生活空間とアートの境目がだんだんと曖昧になっていく感覚。
こちらは『鯢湯』という作品。鯢とは、オオサンショウウオのこと。
レトロなお風呂場に現れるオオサンショウウオの影は、現代の芸術作品でありながら、銭湯などに描かれてきたタイル絵を彷彿させ、どこか懐かしさを覚えます。
ちなみに野中山マンションは全戸、温泉が引かれているそうです。このお風呂に温泉を張って入ってみたいなあ…。
年月を経た建物の姿はそのままに、アーティストの作品が華を添えていきます。
クローゼットの中に額縁を発見。ちょっぴり宝探し気分です。
ある部屋の机上にはハガキ、色とりどりのペン。訪れた人はそれぞれ、思い思いの「熱海」を描いて、会場の好きなところに置いていきます。心に残った1枚を持ち帰ってもOK。
アーティストの絵画と一般の方のハガキがひとつの空間を作り、会期中、訪れるたびにハガキは増えたり減ったり、その印象を変えていったことでしょう。
ハガキの置き方にも、各々の遊び心が光ります。
朝起きたまま放置されたような布団、飲みかけのワインのボトル。
住民がいるところに間違えて入ってしまった!とギョッとしたのですが、なんとこれも展示のひとつ。廃墟となった物置に棚を寝かせてベッドを作り、アーティストが実際に寝泊まりをして変化を重ねていく、という作品でした。こういった表現もあるのか…!
建物の外に打ち捨てられたような洋式トイレも、何だかアートの一部に見えてきました。
既存の建物や街並みを活用したアートイベントに参加すると、日常の風景の中に新しいものを発見したくなるというか、自分の中にひとつ、ふたつと視点が増えていくような感覚があります。そういった自分自身の内面の変化もまた、面白いのです。
野中山マンションでは、夜に映画の上映も行われていました。
かつて熱海に数軒あったという映画館は、時代の流れの中で姿を消してしまいました。新しく映画館を作ることは難しいかもしれない。それでもこうしてイベント的に、熱海で映画を観られる機会が増えていくと嬉しい限りです。
ATAMI ART GRANT 2025を経て改めて、アートは少なくとも私にとっては「再発見」の活動だと感じました。旅行で熱海に訪れた人はもちろん、私のように熱海に住んでいたことがある人間にとっても、アートをきっかけに自分の足で街を巡るというのは、刺激的な体験になりうるものです。
普段から通っている道、名前は知っているけれど訪れたことのない場所、日常の中に埋もれてしまって目や足を留めることがなかったそれらに、アートはやさしく光を当ててくれます。
「混ざり合う」ことの可能性についても考えさせられました。
今回のATAMI ART GRANT 2025は意識的に、観光客や住民、イベントの参加者が「混ざり合う」導線で作られていたようです。
一人で展示を巡る予定だった私は思いがけず、同行者を得ました。アートに触れる過程で偶然に生まれたつながり。人と人との接点を作り出すこと、これもまたアートの持つ力なのでしょう。そして、コンパクトでありながら観光地として開かれている街、この熱海は「混ざり合う」力が発揮されやすい場所なのかもしれません。
日々暮らす風景の中に、新しい意味を見つける。新しい人と出会う。今日からの生活がまた面白くなっていく。そんなきっかけをくれた熱海の様々なアートイベント、これからの展開にますます注目していきたいところです。

































