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ひらい めぐみ
大工も、設計も、リノベーションも。MARUYAと二足のわらじでマチモリ不動産にかかわる大さん|マチモリ不動産をつくる人 vol.5
マチモリ不動産には、実際に熱海に暮らしているひと、他の地域で暮らしながら熱海に関わっているひとがいます。この連載では、マチモリ不動産にかかわっている「ひと」にフォーカス。
第5回は、マチモリ不動産でリノベーションを担当している渡辺大記さん(大さん)。静岡市出身で、大工仕事から設計事務所まで建築にまつわるさまざまな仕事を経て、今は熱海を拠点に活動しています。現在もMARUYAで週に2回ほど働きながら、マチモリ不動産にも携わっている大さんに、これまでの道のりや、マチモリ不動産とのかかわり方について聞いてきました。
新しいものと古いものが混ざり合う街並みに惹かれて京都へ
――大さんは静岡のご出身なんですよね。
大さん: 静岡市の用宗(もちむね)っていう、しらすがよく獲れる港町のエリアで生まれ育ちました。実家は引っ越してしまったので、なかなか訪れる機会も減ってしまったんです。最近は港に温泉施設やクラフトビールの醸造所ができたり、市内でも人気スポットになっているみたいです。
――建築や「作ること」への興味は、いつごろ芽生えたのでしょうか。
大さん: 子どもの頃は、家が狭いアパートで、5人家族だったので自分の部屋もなくて。自分の机のまわりのスペースだけが唯一の自分の場所で、そこをちょこちょこ模様替えするのがすごく好きでした。ちょっといじるだけで気分が変わるのを楽しんでいましたね。あとはテレビの「大改造!! 劇的ビフォーアフター」をよく見ていました。絵を描くことや美術も好きだったし、そういったことが「作ること」への興味の原点だったかもしれません。
――その後、京都の大学に進学されたとお聞きしました。京都という土地を選んだ理由はなにかあったのでしょうか?
大さん: 高校生のときに修学旅行で京都に行って、そこでもう「住みたい」と思ってしまって(笑)。静岡県って横に長くて、その真ん中あたりで育ったので、東京も知らないし、静岡市の世界しか知らなかったんです。そこで初めて京都を見たら、古いものと新しいものが自然と街に並んでいる感じに、すごく惹かれました。
それで、大学生活は京都で過ごしたいな、と。ちょっとハードルの高い大学を目指していたので現役では難しくて、東京で1年浪人して、なんとか入ることができました。大学では建築を勉強しながらボート部に入ったんですが、それがまた相当ハードで。建築学科には、建築に対して情熱をもって入った人がすごく多くて、設計の課題でも切磋琢磨している雰囲気があるんですけど、部活にのめり込むうちに、そこからはちょっと外れていってしまいました。
大学院まで進んで、そこでは鉄筋コンクリート構造の研究をしていました。ただ、就職活動をする頃に、もう一度「家を作りたい」という初心を思い出して。大卒から大工になれる会社が沼津にあると知り、家づくりの関わり方として面白そうだなと思ってその会社へ就職しました。
長く使われる空間にかかわる仕事を求めて熱海へ
――設計会社を経て、熱海のMARUYAへ来られたのですよね。かなり大きな転換点だと思うのですが、熱海に来るきっかけはなんだったのでしょうか。
大さん: 沼津の建設会社で大工として3年ほど働くうちに、やりがいはありましたが「作って終わり」の繰り返しよりも、作った空間がずっと使われていく部分にかかわりたい、という気持ちが出てきたんですよね。なかでも学生時代にゲストハウスでアルバイトをしていたこともあって、宿みたいに場所を育てていく仕事に元々興味がありました。
その時期に、沼津から近いこともあって、ちょくちょく熱海に来ていました。駅前のカフェ「KICHI」(*)を知り合いに教えてもらって、「熱海にもこんな素敵なところがあるんだ」と。そこに熱海の小冊子が置いてあり、元パチンコ屋の物件でリノベーションシンポジウムをやったというレポートが載っているのを見つけたんです。当時、2014〜15年頃は熱海がまだそんなに賑わっていなかったので、そういう動きがあるんだな、と印象に残っていました。
それで、建設会社を辞めて次の仕事を考えていたときに「日本仕事百貨」で「MARUYA」の募集記事を見つけて、自分のやりたいことと重なる気がしたんですよね。募集期間は終わっていたんですが、一応連絡してみたら「面接しますよ」と言っていただいて、採用してもらったという流れです。
*残念ながら2026年6月29日に閉店されるそうです。
――そのときのMARUYAではどんなお仕事をされていたんでしょうか。
大さん: 入ったのが2016年の6月で、オープンして半年くらいの頃でした。今では宿が3つに増えましたが、当時はまだMARUYAだけで、掃除や接客をして、今と比べるとゆったりとした感じでしたね。お客さんが1人も来ない日もたまにあって、そういう日はリビングでみんなでお茶していました(笑)。
それでも、どうしたら熱海の街の味わい深さを1泊・2泊のゲストに伝えられるのか、スタッフみんなで日々奮闘していました。その思いは、スタッフの顔ぶれが変わった今も変わらず続いています。
▲空き家からレスキューしたちりとりをリメイクして、MARUYAの入り口の看板に再利用されているそう
建設会社での「作って終わり」とは全然違って、その場所を毎日育てていく感覚でした。宿泊ゲストの方、外から来た方を迎える仕事で、一期一会の毎日ですごく楽しかったんです。ただ、2年ほど経ったころ、30歳前後で、楽しいだけではちょっと不安、という気持ちも出てきて。建築の経験が今の仕事と切り離されているのを、なにか繋げたいとも思いはじめていました。
――MARUYAで働きながら一級建築士の資格を取られたと聞きました。
大さん: 実は、建設会社で働いているときから、沼津の予備校に通って建築士の試験の勉強をしていたんです。でも1年目は落ちてしまって。会社を辞めた後も、その予備校に通い続けていました。そこの先生がすごくいい先生で、その先生がいなければ全然違うところに転職していたかもしれない。沼津の学校に通える範囲で次の仕事を探した、という意味では、正直転職先の選び方に影響していたかもしれません。
設計、施工、運営…。これまでの経験の点と点をつなげていきたい
――MARUYAから京都の設計事務所を経て、今はマチモリ不動産でリノベーションを担当されているんですよね。具体的にどんな仕事をされていますか?
大さん: 今は主に自社事業のリノベーションを担当しています。たとえば「旧つたや」の建物活用のための修繕対応だったり、リノベーション案件の図面を書いて、設計して、職人さんとやり取りして…という流れだったり。最近だと、リゾートマンションの遊休スペースを民泊にするプロジェクトで、図面を書いて、工務店とやり取りして、工事が始まったら現場の対応もすることになります。
――大工仕事もご自身でされると聞きました。設計から施工まで自分でできることで、提案の仕方はどう変わりますか?
大さん: 大工をやっていた経験は、現場で職人さんと話すときに活きているなと感じますね。やっていなかったらこうはいかなかったな、という場面がすごくあって。図面の話をするときも、「ここはこういう構造だから、こうした方がいい」という話が自然にできる。職人さんとの信頼関係の作り方が変わってくる気がします。
設計事務所で図面の基礎も身につけたので、まだ点と点が繋がりきっていない感覚もあるんですけど、今後、今までの経験をうまく繋げていけたらなと思っています。
かつて誰かが大事にしていたものを、次の誰かへ
――今もMARUYAで週2回ほど働いていらっしゃるんですよね。
大さん: 熱海に戻ってくることになったとき、マチモリ不動産の話をいただいたんですが、完全に不動産一本にするか、MARUYAに戻るか、どちらも続けるか、いろんなパターンを提示してもらったんです。最終的に今のMARUYAに週2、マチモリ不動産に週3を選んだんですが、頭の切り替えが大変な時もあります…(笑)。
でも、MARUYAでは宿泊ゲストや外から来た方に向けた仕事、マチモリ不動産では地元の生活者に近い視点で街にかかわる仕事、という違いがあって、どちらも熱海へのかかわり方として必要だと感じています。ゆくゆくはマチモリ不動産の事業とMARUYAが接点を持てるようなかたちでかかわれたらいいな、と考えています。
――休みの日はどんなふうに過ごすことが多いですか?熱海での暮らし方を教えてください。
大さん: 熱海から電車ですぐ行ける範囲に、個性的な街が多くて、とくに沼津に行くことが多いですね。以前住んでいたのと、当時からよく通っていたお店があって。「hal」というお店で、器や生活のものを扱っているんですが、店主 後藤さんの「身の丈にあった生活」という考えがとても好きで。店内にはその考えのもとセレクトされた素敵なものが並びますが、どこか親しみやすく、日常の中に取り入れやすいモノばかりです。行くたびに沼津のことも教えてもらったりしています。あとは古道具を探しに行くのも好きですね。
▲沼津生まれの店主さんが営む、路地裏にひっそりと佇む雑貨店「hal」
▲観葉植物の受け皿にしているもの(写真左)と、ブルーのフラワーベース(写真右)も空き家からレスキューした古道具たち
――出身の静岡を出てから、さまざまな土地で生活をされてきたとのことですが、今の熱海の暮らしはいかがですか? 住んでみてわかった熱海の良さや、意外な一面があればぜひ教えてください。
大さん: 自分の生活圏がきゅっとコンパクトになったというのもあるんですが、街との距離が近いな、と感じます。MARUYAや銀座町にかかわっている人たちって、みんな熱海のことをすごく考えているし、熱海が好きなんですよね。そういう人たちのそばにいることで、自分も熱海が好きになっていった感じがあります。
――熱海の古い建物やリノベーション物件に感じる魅力って、どんなところだと思いますか?
大さん: 僕は古道具が好きなんですが、京都に住んでいた頃によく行っていたお店の人が「今ここに並んでいるものは、かつて誰かが大事にしていたものが流れ着いてきて、また違う場所へ流れていく」という話をしてくれたことがあったんです。今ここに浮遊しているけど、誰かの手を経てここにある、そういうものの巡り方みたいなものに惹かれているんだと思います。
だから古い建物も、これまでの痕跡というか、ストーリーがそこにある、というところが魅力だなと感じますね。建物から、ここに昔は普通の生活があったんだな、というのが伝わってくる。ちょっとした傷とか、そういう痕跡を見ると、より愛着が湧いてきて、「これを大事に、次の誰かへ」という気持ちになります。
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「あるもののストーリーを汲み取って、共感して、かかわりつづけることが楽しいし心地いい」そう話してくれた大さん。一方で、欲しいものを自分で作る機会が多いマチモリ不動産で、少しずつ挑戦もしてみたいとも言います。大工としての経験、設計の知識、運営として場にかかわってきたこと……。積み重ねてきた点が線になるタイミングが、きっとすぐそこまできている気がしました。










