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ひらい めぐみ
鎌倉で私邸ギャラリーを運営しながら、財務コンサルタントとして会社の課題に向き合う 黒田さん|マチモリ不動産をつくる人 vol.4
マチモリ不動産には、実際に熱海に暮らしているひと、他の地域で暮らしながら熱海に関わっているひとがいます。この連載では、マチモリ不動産にかかわっている「ひと」にフォーカス。
第4回は、今年の春からマチモリ不動産の財務面をサポートしてくださっている黒田さん。黒田さんのめずらしいご経歴から、マチモリ不動産とかかわることになったきっかけ、これからやってみたいことなどについてお話をうかがいました。
アート業界から不動産業界へ。アートとの接点を模索し、今に辿り着くまで
――黒田さんがアートに興味を持ったきっかけは何でしょうか?
黒田さん:大学2年生の頃、20社くらいの会社説明会に参加して、どこも興味を持てず、やりたいこともわからず、人生に迷っていました。そんなときに、ふらっと横浜トリエンナーレに行ったら「アートってまだまだ発展の余地があるな」と感じたんです。会社の説明会で話を聞いているときは心が動くことがほとんどなかったのに、トリエンナーレの会場を巡っていると「もっとこういうふうにすれば面白くなるんじゃないか」とアイデアがぽんぽんと頭の中に浮かび、途端にアートへの興味が湧きはじめました。アートについて学ぶうち、「ギャラリスト」という職業があること、NYには四半世紀前から世界最大級のギャラリー街があることを知り、ひとまずNYへ行ってみることにしました。
最初は朝から晩まで美術館やギャラリーを巡っていましたね。ギャラリーのことを知るなら内部に入った方が良いと思い、自分でも絵を描くので売り込みをしてグループ展を何度かし、ギャラリー経営がどういう仕事なのかを学びました。後半はJAPAN SOCIETYという日本の文化を紹介する財団でインターンをし、チケットもぎりやパーティの準備、アーティストビザの発給などしながらニューヨークの社交界を眺めていました。
――順調にアート業界で働くための経験を積まれていったのですね。
黒田さん:そうですね。自身で絵を描いて作品展示をしたり、経営の勉強をさせてもらったりとアートを学ぶ機会にはとても恵まれていました。ただ同時に、アート業界に対する違和感も抱くようになっていたんです。たとえば著名人が作品を買ったり、業界誌で紹介されたりすると、そのアーティストの作品の価格が一桁変わるんですよ。極端に言えば30万円だったものが、周囲の評価で300万円になる。当時はそのような基準で価値が決まることに対し、なんとも言えない感覚がありました。次第に、自分はアートを仕事にすることはないだろうな、と考えるようになっていましたね。
――ではその後はアートとは関係のないお仕事に?
黒田さん:帰国後、親が就職を心配して、ある新聞の求人広告を見せてくれたんです。完全歩合制の、英会話教材を販売する営業職でした。当時はまだ大学4年生でしたが、マンションを購入したくて大学と仕事を掛け持ちし、500人いる営業マンの中でトップ10に入りました(笑)。
その後はIT企業に転職したり、能を愛していたので能にかかわる仕事をしてみたりと、さまざまな仕事を経てなんとなく自分の中の興味として不動産が残り、不動産業界に転職しました。営業から途中で財務の部署に移り、そこからは今の仕事と近いことをしていましたね。
会社の危機を立て直し、独立。鎌倉に住む黒田さんが熱海の街にかかわる理由
▲ 黒田さんのご自宅兼アートギャラリー
――会社員を辞め、独立しようと思ったのはどのタイミングだったのでしょうか。
黒田さん:会社の業績は一時右肩上がりだったんですが、ある時期に不祥事が重なり、倒産寸前まで追い込まれていったんです。最終的には買収されて、倒産は免れたものの、銀行から融資を受けることもできなくなり、一から立て直さなければならない状況でした。財務責任者を任され、なんとか1年半かけて与信0から100億円超の調達ができる状態まで回復させたのですが、あとは現状を維持しながら業績を上げていく状況になると他の人でもできる仕事で、自分の役目は終わったなと思ったんです。
また、会社を立て直すためにほとんど寝ずに働く日々を送っていた頃に、『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』という映画を観て、働き方、人生の豊かさについて価値観を見直しました。その二つが重なったとき、会社を辞めようと思ったんですよね。その後はご紹介いただいた会社をメインに、財務コンサルタントをしています
――お住まいは鎌倉とのことですが、どういった経緯で熱海の街にかかわることになったのでしょうか。
黒田さん:去年の年末、スーパー銭湯に行ったときに、そこのサウナで年末の特集番組が放映されていて、熱海は全国の面白い街ランキングの20何位かで紹介されていたんです。そこでどういう紹介をされていたかというと、「面白い物件が手頃な価格で売っている」という内容。元不動産屋として、すごく興味が湧いたんです。
▲ 街歩きツアーに参加したときの様子
黒田さん:また、その頃は今住んでいる鎌倉に対して色々と思うこともあって、客観的な目線で鎌倉を見るために、他の地域に行ってみたいと考えた時期でもあったんです。別の土地にかかわることで、鎌倉の課題も見えてくるんじゃないかと。そこで、年明け早々から熱海へと足を運びはじめました。
計6回行ったんですが、machimoriの市來さんとお会いしたとき、マチモリ不動産が財務を手伝ってくれる人材を探している、と教えてもらって。後日マチモリ不動産の代表である三好さんとも会い、財務面をサポートさせてもらうことが決まりました。
夫婦で集めた古美術作品を展示販売する私邸ギャラリー「Quadrivium Ostium」
――アートのお仕事にかかわるのは距離をとっていたとお話されていましたが、アートに対する興味はずっとお持ちだったんですね。
黒田さん:そうですね。帰国してからも、国内のダンスカンパニーのニューヨーク公演を企画したり、自身で舞踏を習ったり小説を書いたり……。20代当時は夢リストに「ノーベル文学賞を取る」を入れるなど、非常識がゆえに頭のネジが外れていましたが(笑)、広い意味でアートへの関心は失われることなく自身の多くを占めていました。
――どのような経緯で私邸ギャラリーをつくろうと思ったのでしょうか。
黒田さん:夫婦で収集していた古美術が増えたため、コレクションをディスプレイできる住まいに移ろうと、今の自宅を建てました。ただ、最初から私邸ギャラリーにするつもりはなく、実は鎌倉市内で店舗物件を探していたんです。なかなか条件の合う物件が見つからずにいたところ、ふと、以前自宅に訪れた友人が「ギャラリーみたい」と言ってくれた言葉を思い出しました。また鎌倉は、自宅の一角を店舗にしている店が多く、「自宅の1階をギャラリーとして開放するのもいいかもしれない」と思い立ち、予約制のギャラリーとして妻と「Quadrivium Ostium」の運営をはじめました。
――黒田さんにとってアートはどんな存在ですか?
黒田さん:人類を進化させるツールの一つと捉えています。アートに触れるとは、世界の歴史、人の生み出した宗教を含めた物語に、直接的に、あるいは間接的に触れることです。優れたアートは、歴史的・文化的コンテキストを含み、象徴性と隠喩に富み、言葉とは違う形でこの世界を語り、問いを投げかけます。
アートを通じて色々な視座を持つことで、創造の源泉が湧き立つ。そこから新たなアートが生まれ、問いを投げかける。そうやって人を進化へと向かわせるのではないかと思っています。
▲ スコティッシュフォールドのダンテくん。名前はダンテ・アリギエーリから
アート、財務顧問、会社役員。複数の事業は、それぞれ相互作用を及ぼしながら繋がっている
――今後、やってみたいことがあればぜひ教えてください。
黒田さん:ゆくゆくは自分自身がアーティストになるだろう、と思っているんです。ときが来るときのために今「作りたいものリスト」を作成していて、ひたすらメモしています。見てもわからないと思うんですが(笑)。
――(数回スクロールしても箇条書きが続いていくメモを見ながら)すごい、呪文みたいですね……(笑)。
黒田さん:たとえば源頼朝の死相面は、寺に現物が収蔵されていて、お土産屋さんではそれを模したお面が売っているんですね。いろんな作者が作ったものがあり、相当数見てみたんですが、実物のスピリットを反映したものがないなと感じて。だから、いつか実物の型を手に入れて、3Dプリンターで作りたいなと。えっと、こんな話しちゃって大丈夫ですか?(笑)
――大丈夫です(笑)。アートのお話をされるときもそうですが、財務のお仕事についてお話いただいたときもたのしんでやっていらっしゃるのだろうなと感じました。
黒田さん:独立してからは、いろんな言葉や概念がなくなりました。「曜日」「祝日」「休み」「仕事」「プライベート」……。やりたくないことをやらなければいけないのが「仕事」でしたが、今やっていることは好きなことの延長で繋がることもあるので、「仕事」と呼ぶのはしっくりこないんです。会社員と違って、案件を引き受けるかどうか、選ぶことができるのも影響しているかもしれません。
黒田さん:また、アート事業、財務顧問、会社役員と複数のことをやっていることで、それぞれが相互作用を及ぼして、全体に繋がっているなと感じているんです。なのでこれからも、いろんな会社とかかわりを持ちながら、自分の知らない世界に触れたいなと思っています。そのひとつとしてこれから熱海のことを、もっと深く知っていきたいですね。
***
「会社員の頃は、昼休みが1時間なんて足りないと思っていました」と、ゆっくりと時間をかけてランチを食べながらインタビューに応じてくださった黒田さん。
穏やかな語りの中に、黒田さんのアートに対する静かな情熱、可能性を感じた会社への強い思いを感じました。
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